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円高の恩恵、ヴィトン7%値下げ

フランスの高級ブランド「ルイ・ヴィトン」は28日、日本で販売する革製バッグや腕時計、靴などほぼ全商品を29日から平均7%値下げすると発表した。円高・ユーロ安を受けた措置で、同社の値下げは04年以来約4年ぶり。景気悪化でブランド品など高額品の販売不振が続く中、大幅な価格見直しで売り上げ増を目指す。(毎日新聞)


アメリカ経済の破たんによる影響で円高となっている。私自身正直経済を学んだことはないので、なぜそうなったのかといった因果関係はあまりよくわからない。とりあえずわかることは今円が最強に近いほど強いということのみである。

そこで、さまざまな輸入製品が値下げをしているという。私が最近切実に感じた値下げ商品はガソリンである。あれだけ値上げしたときに日本中で大盛り上がりとなったガソリン騒動は今見るまでもない。

先日、井坂幸太郎氏の「魔王」という作品を読んだ。この作品自体、結構政治や社会に対して一言もの申している面が見られる。そして、その中で明確な文章は覚えていないが、“われわれ日本人というのは、最初何か起こると大騒ぎするくせに二度目に同じようなことを行うと対して騒ぎもしない。”といった感じのようなことをいう。これ自体今回の話とそこまで関係なさそうだが、あれだけ値上げするときに騒いだのだから値下げするときも少々騒いで、ガソリンスタンドの人々に申し訳ない気がする。

今が国内にしろ、国外にしろ旅行をするチャンスである。

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魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

著者:伊坂 幸太郎

魔王 (講談社文庫)




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サイボーグ技術と生命倫理

近年科学技術の躍進が目覚ましい。私自身その中で医療工学といった面に近しいので今回はそのことについて一つ疑問に思ったことかあるので少し書きたいと思う。

先日テレビで見た映像の話である。

アメリカのある州に幸せな夫婦がいた。その夫婦は一人の子供に恵まれた。かわいい男の子である。彼は愛情をもって育てられることになる。
母親は自分の子供が一歳を超える頃、同年齢の子供たちが一言二言と言葉を発するのに対して自分の子供が明確な単語を発しないことに疑問を覚えた。病院に行き脳波を測定すると何か話しかけても彼の脳が反応することはない。

彼は耳が聞こえなかった。

彼は脳に問題があるのではなかった。中学、高校の生物ではうずまき管と呼ばれる蝸牛(かぎゅう)という組織に異常があったことがわかる。
そうすると母親は人工内耳という技術があることを知る。つまりこの技術は内耳部分を機械と付け替えることにより耳を聞こえるようにするのである。この手術は多少の危険性を伴うがもはや今現在ではそのリスクは極めて少ない。母親は当然のようにその機械を息子に埋め込むように頼んだ。


手術が終わり、包帯が取れた。彼の耳には異質な電気部品が取り付けられている。その機械に電気を入れる日が来た。彼はにこにこしながらいつもと変わらぬ無音の世界の中病院の机で遊んでいた。

電源を入れると彼の顔は間違いなく曇った。急に彼の脳の中に様々な情報、そして音というものが入っていく。無理もない。

そして月日が経つにつれてそれが本当の音もわからない音の中で彼は音というものを理解していく。彼はあの時の不快感など忘れて生活していく。



この物語の中で本人に決定権はない。もしかしたら音のない世界の方が彼にとって暮らしやすかったかもしれない。音のない世界だったら彼は世の中の人を変えるような技術や表現を得たかもしれない。そこはまさしく親のエゴであり、私たちが五体満足こそが幸せだと勝手に思っているのだ。

特に彼の親が間違った判断をしたと言いたいのではない。
何か作るうえではそのモノが本当に必要なのかという疑問が絶えず出てくる。それは先進的な技術になればなるほど多くなるだろう。
しかし、必要かどうかは自分自身でRISKとBENEFITを考えなくてはならないことだと思う。




いつも通り話はまとまりません
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タイ、クーデター空港を占拠

タイのクーデター隊がタイの国際空港を占拠した。そのことにより、現在国際線の前線が欠航となっている。

正直今現在私の父がタイに行っており、本日帰国予定だった。そしてこのニュースの出来事のおかげで本日中に帰ってくることはできなかった。

私自身タイに非常になじみ深い。その理由は幼少期にバンコクに6年住んでいたからである。今回のクーデターの映像を見ていて思ったことがある。その前に予備知識として2つあげておく。

まず一つ目は、タイという国では曜日によって色が決まっているということである。決まっているといってもラッキーカラーのようなもので、その色が毎週曜日によって同じ色であると思っていただければよい。そして自分の生まれた曜日の色を非常に大事にする傾向がある。

もう一つは彼らが非常に大切にしているものがあるということだ。というか尊敬してやまない人がいる。国王だ。うる覚えであるがおよそ即位60周年ぐらいたっていて国民を愛してやまない。その愛に応えるように国民も王を敬愛している。だいたいの家やお店に王様の写真が飾ってある。


この2つがどういう風につながってくるかというのを説明するために、出来ればニュースの映像を見てほしい。新聞などの写真でもいい。彼らの来ている服の色は何色であろうか。

そう、黄色である。

黄色という色、確か火曜日の色であったような気がする。そこは確かではないが、確かに言えることは国王が生まれた曜日の色が黄色であるということである。つまり、クーデター中も王を敬愛している。
今この文章を読んでいるあなたもタイに行けばわかることだが、タイでは黄色の洋服を着ている人が非常に多い。


明日も黄色の服を着ようかな。
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英、消費税率2.5%減らす

どうやらイギリスでは波来る金融危機のための景気対策として消費税の税率を2.5%減らすらしい。しかし、高所得者の所得税を最大40%から45%に増やすようであるが。


以前定額給付金に関するものを書いたときにそんな一時的なお金を渡すのではなく、消費税を下げてはどうかという内容をであった。イギリスではまさにそのことをやるというのは見るまでもない。

前回高所得者に対する不平等性について少し疑問を抱いたことを書いたが、今回のイギリスの政策も高所得者に対する当たりは少し厳しいものがある。むしろ、彼らにとっては消費税が多少減らされるよりも高額な所得税を増やされる方が手元に残るお金はかなり変わってしまうだろう。


しかし、麻生首相の定額給付金とは少し違った見方が出てくるのが私なりの意見である。

それは日本では一時的な給付金であって今回ばかり高所得者の方々が損をしなくてはならないのに対して、イギリスでは、もしこれから低所得者の人々が高所得者になった場合今回煮え湯を飲まされた高所得者と同じように高額な所得税を払わなければならない点である。

要するにすべての人に損をする可能性はまだまだ秘められているわけで、このイギリスの政策の方がある種平等であるようには思えないだろうか。


おそらくどちらの国の高所得者の人々も何で自分たちだけこんな目にあわなければならないのかと思うであろうが、貧乏人の私から見れば少々イギリスの政策の方が正しい政策であるように思う。


最も現在の日本の消費税が5%であるのに対して、イギリスでは17.5%なのは否めないが。


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電車に200匹幼虫バラまき逮捕

走行中の京阪電鉄の特急電車内に幼虫約200匹をばらまき逮捕された男性がいるらしい。
彼はどうやら女性がばたつく様を見たかったようだ。人の性的志向には様々なものがあるものだとつくづく考えさせられる。

しかし、私は時々思うのであるが、電車という乗り物。もし、テロや無差別殺人などがあった場合何とも標的になりやすい場所であろうかと思う。
電車の中というものは基本的に知らない不特定多数の人間が集まる場所である。そして各個人は基本的に他人に関心を払うこともない。つまり、この密室空間の中ではすべての人が極力見て見ぬふりをするのである。
もう遠い昔の出来事であるが地下鉄サリン事件が世界を叫喚させた。確かにたとえ不審な荷物があったとしても誰も見て見ぬふりをして通報などする人もいないであろう。つまり、もし私が今夜徹夜で時限爆弾なるものを作ったとして、明日の朝通勤電車に仕掛けたならばそれは間違いなく成功するのではないかと考えられてしまう。

かといってすべての電車に監視カメラを設置し、すべての車両を常時監視することは不可能である。そんなことがあったらJRの採用は急増するだろう。


日本の警察がとても優秀なのかもしれない。

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元事務次官襲撃事件犯人出頭

昨日私がブログを書いた直後に犯人を名乗る者が出頭した。正直言ってこんな結末になるとは思わなかった。

彼が言っている動機というものがまず興味深い。幼少期に飼っていた犬が保健所によって殺されたという。その管轄が厚生省であり、そのトップが悪いのであるから今回殺したという。一般市民の私からしてみれば、わざわざそのためだけにこれだけの用意をしてまでペットの犬のために殺したというのだから賞賛に値する。そして彼の顔を見る限り悪びれた様子もない。


このような人々というのは少し他人を殺すということに対する認識が浅いのかもしれない。この認識の甘さはどこから来るのであろうか。

よく言われるのがテレビゲームによる弊害である。テレビゲームでは自分たちの手でテレビの中の人物や怪物を気軽に殺すことができる。さらには自分自身がもし死んでしまっても一つボタンの押すことにより、すぐにもう一度やり直すことができるという。そういった幼少時代を過ごすことにより人を殺すことに対する認識を誤ってしまうという。

しかし、私の意見ではそれ以外にテレビドラマや小説による弊害も少しはあるのではないかと思う。テレビドラマや映画、小説において大半の物語で人が死ぬ。つまりゲームのような空想の怪物やありえない超能力者のようなものではなく、まさしく人間が殺されるのである。こういった状況では常に人の死を見る毎日を送っているわけであり、自分の手で行うのではないにしても毎日見ていればテレビなどの娯楽がなかった時代と比べれば何か障害が出てきてもおかしくはないのではないか。

つまり、私が言いたいのはマスコミが何か彼らは狂っているとか通常の神経の持ち主ではないといったような報道を行うがそれはあなた方にもある種原因があるのではと言いたい。


私はテレビっ子ですが。
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元事務次官殺害事件

連日殺人事件のニュースでにぎわっている。このニュース自体年金関連の絡みがあるのではないかと打診されており、年金問題に注目が集まる昨今マスコミも話を膨らましやすいようだ。

そもそも殺人事件というもの。これはほぼ毎日のように起こる事件である。そして、私たち人間には生まれて物心がついてから誰に教わるでもなく不変のルールがある。それは、

人は人の命を奪ってはならない

というものである。

そもそも、この生を奪うという行為はいつ頃から決してやってはならないことになったのであろうか。もしわれわれの祖先が低能なサルであったのならばちょっとした喧嘩の末に生を奪うことがあっても動かなくなったぐらいしか思わなかったかもしれない。そこになんの罪悪感も持たないであろう。

私の見解としては、この人を殺すという行為が一種の悪であると考え出したのは、人が宗教というものを考え出してからだろうと考える。その理由は宗教において行き着く先は死後であるからだと考えられるからである。たとえばキリスト教の場合は天国に行くことだろうし、仏教の場合は生まれ変わることであろう。つまり、死後もいい思いをしたいがために善行を行うのである。これは日々の御祈りがそうであったり、他人を助けることがそうであったりそれは各宗教によって変わってくると思う。要するにこのような各宗教のおきてによって人を殺した場合地獄に落ちるとか輪廻転生することができないとかいったわけであろう。そして、人を殺してはならないと普及したのではないか。

まぁありえないし、宗教ができる前から絶対に人を殺してはならないとすべての人が思っていたから各宗教においてこのルールが出来上がったとしか考えられないが。

これはただ単に私一人の見解であって別に人の生を奪ってもいいと言っているわけではないので勘弁していただきたい。


私は無宗教です。

自民党

最近テレビを見ていると非常に多くの麻生首相が出ているCMを見る。解散も迫っていて支持率集めに必死だという感じが出ていて正直今更しらじらしいという感覚がある。


しかし、私は自民党を支持している。私の周りの人々に聞くと、最近では支持している政党は大体三種類に絞られる。

まず、ひとつは自民党。この政党を支持する人は主に年配の人が多い。年配の方々というのはやはり自民党が結局のところ日本のことを一番考えていると考えているようだ。それにも関らず、麻生首相は若者に少し媚びている感覚がぬぐえないので、新しい、むしろ投票にそんなにたくさんの人が行くとも思えない若者を取り込もうというのではなく。正しい政策、これからの未来を考えた政策を提示し、今まで支持していた人々を離さない方向にもっていけばいいのではないかと感じる。

次に、前回飛ぶ鳥落とす勢いだった民主党である。これは若い人に多い。小沢は何かやってくれるという期待が多いらしく私の周りでは次は絶対に民主党に投票するという人が多い。しかし、はっきりいって民主党は私に言わせてもらえば政権を取ったところで安倍さんばりの丸投げをしそうな気がするので、好きになれない。また、基本的に民主党は皆様も思っていると思うが、自民党批判をしているだけ(まぁ他の野党も同じだが)の感じがして具体的な案が見えない。そして何か言ったかと思えばそこは削ってはならないようなことを廃止しようとする。

最後に社民党である。女性に多い。確かに社民党は女性の味方という感覚が多い。この党こそ自民党批判でしかマスコミに出てこない典型的な例である。正直何がしたいのか。


といったように三つの政党をあげてみたが、自分の文章でも少し自民党寄りに書いているような気がする。つまり、自民党が嫌いなのではなく、自民党に何か変えてほしいと思うから不満が上がるのであろう。


来年は市議会議員にでもなろうかな。

上下関係

「上下関係」とは、地位・身分・年齢などの上位と下位の関係である。つまりそこには何かしら上位と下位に識別するものがあり、大体の社会においてはそれが存在する。

近頃の若者は上下関係ができていないとか、上下関係が面倒だとか言ったことをよく聞く。私個人としてみればこの上下関係というものは正直嫌いではない。その理由はこの上下関係といった間柄を作ることによってその人とのある程度のスタンスを自分で作り出すことができるからである。そう考えると、人とある程度のスタンスを保つことができない人ほどこの上下関係というものが苦手なのかもしれない。

たとえばこの地位・身分・年齢などが上位に当たる人には基本的に常に相手を敬う。これは相手を敬うことにより、質問などすることをしやすくする。ここで難しいのは、社会的地位は高いが年齢が下という場合であろう。この場合よくタメ語でいいよとか、気を使わなくていいよとか言われるがはっきりいってそういった申し出にはすべてお断りすることに決めている。社会的地位が高い場合には、その社会で暮らしていくうえで上位に値する人には質問する機会が増える。そういったときに教わる姿勢というものがないと次に聞きづらくなったり、はっきりいってこっち側が不快感を持つ場合が出てきてしまうからである。

大体この「上下関係」に不満を述べるのは下の立場の人なので、下位に当たる人に対する対応は特に述べないでおく。

しかし、上に立つ人にもこの上下関係ができていなければこの私の目指すスタンスというものを保つことは正直言って難しい。要するにみんながみんなを敬って生活すればよりやりやすい「上下関係」が確立されるのではないか。


私、常に人から見下されて生きています。


知らないことは恥ずべきことではない

一人の人間として世の中にあるすべてのことを知ることなど不可能に等しい。一つの事柄であっても完璧に知ることでさえ不可能であろう。


よく思うのが質問するのが面倒臭いとか、恥ずかしいとかいうのはなんて効率の悪い人なんだろうかと思う。正直言って本やインターネットで調べると人に聞く時の倍というか何十倍も時間がかかるものである。確かに本は一つの事柄を知る上でそこに関連する様々情報が書かれている場合が多く、知識を深めるのには良い。しかし、時間が多くかかってしまいやはり人に聞いた方が早いだろう。
人に聞いた場合は何よりわかりやすく聞き手が理解してくれるように話してくれるのである。この点が非常に重要であり、よく本を読んだり、インターネットで調べていると何を言っているのかわからないことが多々ある。

つまり、人に聞くことは恥ずべきことではなく。そこでは多少のプライドは捨ててでもどんな些細なことでも多くのことを聞くべきであろうとうことである。


余談であるが、知人が本当に無知だった人がある特定の事柄を理解してから本を書けばその本は非常にわかりやすい本になるのではないかと話していた。
しかし、この場合やはりこの著者が本を書くことができるほど内容を理解し終わった時点ではその本人はある種のエキスパートになっていて、その事柄は著者になる人にとって当然のことになっているだろう。よって本を執筆する時点では、またわかりにくくなってしまうだろう。
つまり、わかりやすい本、特に理工書などないのだと考えられる。

反省はしている。後悔はない。

昨日、友人と飲んでいるとこんな言葉を思い出した。これは、仲間内で一時期非常に流行った言い回しではあるが、この言葉、今聞いてみると非常に奥深く感じる。

当初、この言葉は共通の友人が発した言葉である。少々行き過ぎた楽しみを求めるあまりに相手に少し痛い思いをさせてしまった。私たちの間でやりすぎではないかという話になり、その友人と話をしていたところ彼が冗談交じりでこういったのである。
その後この言葉は私たちの間で流行した。


現在、私にしろ昨日共に飲んでいた友人にしろ回り道をしている。それはかつて学生としての義務を果たさなかったためにその代償を負っているわけだが…。
しかし、どうやらそれを「かっこいい」とか「人生を楽しんでいる」とか思う人もいる。むしろ自分もそんな生き方をしてみたいと勘違いしてしまう。だが、これはただ単に何かを変えたくてしたのではなく、いい仲間がいてそこに何か求めるものがあったからの結果なのである。というか、そうであったと願いたい。さまざまな要因があっての傍から見る「楽しんだ生活」であったのだろう。

つまり、何が言いたかったのか。話はかなり飛躍するが、それは人というものを形成する上ですべてのものは結果でありそこにわざと失敗する道を選ぶべきではないのではないかということである。
そして私においてはあの頃が失敗であったとしても私は十年後、二十年後さらにはおじいさんになってもそう言いたいものである。


なんかよくわからない文章になってしまったことを詫びる。
反省はしている。後悔はない。

大麻とタバコとお酒

まず、はじめに断わっておきます。私は大麻をやったことはありません。
これを前提に聞いてください。


正直言って大麻には常々思っていることがある。大麻とタバコとお酒の違いは何なのか。この違いを明確に話せる人がいたら教えてほしい。


そもそもタバコは依存性が非常に強い。さらに健康に多大な影響を及ぼし、第三者にまでその影響は拡大される。近年、タバコは少し見直されているがとはいっても合法な嗜好品であり入手は全く困難ではない。

続いてお酒である。これは酩酊状態を引き起こす。それによって気が大きくなり様々な問題が引き起こされる。多くの方に酒による苦い思い出が一つや二つはあることだろう。

そこで、大麻である。私自身アメリカに少々言っていたことがあるが、そこでは多くの人がこのマリファナというものを吸っていた。それを見る限りではこの酔っぱらった状態と何ら変わりなく見えた。特に幻覚を見るとかいうレベルではなく。ちょっと陽気になったようなものである。さらに聞くところでは、依存性はタバコより低いというではないか。


つまり、言いたいことはこの三つのものは大差ないものであり、違法にするのならばすべて違法にするか、すべて合法にするかはっきりしなくてはならないのではないだろうか。それだから無駄に芸能人が大麻を吸って捕まるとかくだらないニュースが大々的に取り上げられのであろう。


私はたばこもお酒も大好きですが…。




定額給付金

世の中では定額給付金というものが出されるらしい。これはみなさも知ってのとおり一人当たり一万二千円お金が渡されるというものらしいが、そもそもこのモノ自体に疑問点がいくつかある。

まず、所得が1800万円以上の人には自主返納を求めるといったものである。

少なくとも1800万円以上の高所得者というのは累進課税により高額な税金を払っているわけで、この人々にこそ税金が少しでも戻ってきてよいのではと考えるからである。確かに低所得者というのはお金が必要なわけであるが税金は高所得者よりも少ない。昔の地域振興券的な意味ですべての人たちに救済を与えるのはわかるが、かつてそういった自主返納制度はあったろうか?少々疑問が残る。そういった点ですべての人にあえて平等な思想があった方は良かったのではないか?

さらに、根本的な疑問としてはそもそもこのお金を給付する必要があるのかという点である。

個人的な考えでは、そこで二兆円ものお金を使うのであれば少しでも税金を下げてもらいたい。むしろ国民にお金を使わせるのであれば税金を下げることにより経済は活性化されるであろう。つまり、この一万二千円は国民にさらにお金を使わせて税収を上げる役目があるのではないかと思う。少なくともこの二兆円により国債を返済してより先を見据えた政治を行ってほしい。ここでアメを与えておいて後々に消費税等を上げる目論見があるのだとは思うが…。

このことに対する疑問は考えれは考えるほど多くなる。

思考は絶えない。

はじめまして

本日からブログというものを始めることにする。

もちろん更新は不定期になると思うのであしからず…。

これから見てくださる方に、とりあえず感謝したい。

内容は特に決めていない。

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