スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

シェルスクリプト

基本的にwindowsしか使わない私ですが、日に日にUNIX系OSに興味を持ち始めています.そう考えるとandroidもUNIX系なのでなんならパソコンにandroidを入れちゃいたいけどソフトとかドライバとかどうすればいいのかわからないのでとりあえず諦めます.


もともとパソコンなどに疎かった私。1年半前までは使っているパソコンはVAIO。ブラウザはIE。検索はYahoo!みたいな感じだったのにいつの間にかandroidがなんだとか言っているのもどうかと思います。

それはそうと今回初めてシェルスクリプトというのを作ってみました。存在自体知ったのが最近というかほとんどの人が使わないと思うので、結構どうでもいい話です。

やってて思ったことは、多く行うコマンドの流れをシェルスクリプトとして作成することにより作業効率は格段に上がると思います。しかし、基本的にLINUXのコマンドをあんまり知らなかった私は、シェルスクリプトの勉強というよりもコマンドの勉強になってしまい、こんなこともできたのかと思ってしまいました。

イメージ的にはJDBCと似てるかな?
スポンサーサイト

HT-03A


もう一ヶ月ぐらい前のことですが,私,Google携帯というものにしました。
巷では、携帯するGoogleとか何とか言って劇団ひとりが宣伝しているあれです。
それにしても、以前「やぐちひとり」でうれしそうに劇団ひとりがiPhoneを持っていたのを知っている私は、本当にCMをする人が彼でいいのかと思っています。そう思う理由というのが、Google携帯というのが、アンドロイドというOSを使用しているためであり、このアンドロイドを搭載した携帯電話というのは、正直iPhoneの対抗馬であると考えていています。

docomoさんとしてはGoogle携帯として売り出していますが、私としてはandroid携帯という認識の方が強いです。


では、このdocomoで初めて出たアンドロイド携帯について今回は少し、考えて見ます。

まず、操作性に関してはdocomoユーザーの方でタッチパネルというと、まず考えるのはwindowsモバイルだと考えられます。このwindowsモバイルは店頭で体験したり、知人のをいじったりしてもとにかく反応が遅いです。もういらいらするぐらいのレベルの遅さで、あのスピードに慣れてしまう人はiPhoneを使ったときの反応のよさに追いつけないレベルになってしまうと思います。確かにiPhoneの反応のよさにはびっくりしてしまうほどですが、HT-03Aもそんなに負けていません。さらさらと動かしてみてもiPhoneとそんなに変わらなく思います。文字入力に関しては、タッチパネルなのでボタン入力に比べれば確かにやりづらいですが、shimejiというフリック入力ソフトを使用すれば、ある程度は解消されます。

私としてT9方式が一番タッチパネル式の携帯電話に適しているのではと考えていて、どなたか開発をしていただけるとうれしいです。先日NECのandroidに関する記事を見た気がするのでその携帯ではT9方式の入力が可能になるかも知れません。


androidというマーケットでのアプリケーションについてですが、現在私の見た限りでは日本語のアプリケーションというのはそこまで多くないと思います。日本で作っている人もおそらく世界で使用されることを考えているためか、英語で説明などを書いているため、基本的に多少(中学、高校程度)の英語力が必要になっているかも知れません。今後どうなるかわかりませんが、英語に抵抗がないほうがandroid携帯は使用しやすいと思います。

ついでに言うとgoogle自体も日本のgoogleよりもアメリカなど英語圏のgoogleの方が少し進んでいます。たとえば、gmailにTODOリストというのが出るかと思います。日本語のgoogle calenderを使用している方にはこのTODOリストが表示されていないと思いますが、実は、calenderの使用言語を英語にするとgoogle calenderでも使用することができ、さらに期限などもcalender内に表示されます。android使用者の方はぜひgTasksというアプリケーションも使用していただきたいです。



続きはまた次回。。。

Breath me!!

ここ数日くしゃみをしようとがんばっていましたが,誰も私のうわさなどするわけもなく,一度も出ることはなかった。つまり、神は私など見ることなく、ほかの誰かに息を吹きかけ続けたわけだ。所詮私に息を吹きかけてくれる神など貧乏神と厄病神ぐらいしかいないわけで、そんなことなら神様になんか見てもらわなくてもいい。


と、少しひねくれてみました。

一応、皆さんが知っているかわかりませんが、この話はくしゃみをするとアメリカの方などが、”God breath you”と言うので、そこからきています。先ほどちょっと調べてみたら、くしゃみは霊的なものと考えられているためこういった風習が出来たそうです。


話は変わりますが、神つながりで先日友人が、こんなことを言っていました。

”外人が言う「Oh my god」はなぜ「my」なの?神様はみんなの神様だから「our」ではないの?”

と言っていました。まぁそこでなるほどとなるわけでもなく、慣用句的なものだからそこに特に意味はないだろうとたかをくくっています。そもそもこの理由を知っている方がいらっしゃったらどなたか教えてください。

話を少し膨らませようをして少しgoogle先生に聞いてみたら、宗教的なことしかあがってこなかったので、聖☆おにいさんのキリストさんに習って書かないことにします。

カラフル自転車

----------------------------------------------------------------------

吹き抜ける風。なびく髪。このヘルメットにサングラス。みんなの注目を集めながら走る中、私は前だけを見て颯爽と駆け抜けていく。何でこんなに注目を集めているかって?それはこの車輪だよ。ヘミングウェイは車輪の下だとか何とか言っているけど、本当に見なきゃいけないのはこの車輪なんだって!なんでそんなこともわからないんだい?

----------------------------------------------------------------------

特に毎日書こうと思っていても書くこともないものですが、本日車輪にピカピカ光る電飾をつけて颯爽と走りぬける外国人の方がいらっしゃいました。欧米の方の自転車特に今はやりのスポーツ自転車を乗っている姿は様になっていて、彼はどこぞのピエロかと思いました。

昔、私がサンフランシスコに短期間滞在していたときにあの姿に憧れて自転車を借りてゴールデンゲートブリッジに行こうと思ったのですが、どこの小学生が家出してきたのかというようなみすぼらしい格好だったように思います。


ここまで書いたのはいいものの何を発信したいのかまったくわからなくなってしまいました。昨日からの悩みと言えば、ブログとはなんぞやということですね。何らかのことをここで発信しているわけですから私としても何か有益な情報を皆様に提供したいと思いますが、そんなことは無理な話でして。。。かといって日々に日常をだらだらと書き綴るほど毎日奇想天外なことが起こるわけでもありません。笑いの神がいるならば彼は私の味方ではありません。

毎日くしゃみをすれば神様は味方になってくれるでしょうか?
いまだ模索中です。

どうもおひさしぶりです

皆様大変お久しぶりです。

久々にブログというものに触れた私です。先日「聖☆おにいさん」というものを読んでいると、ブログに宗教的なものや社会思想的なものはタブーだとキリストさんが言っていました。そもそもこのブログは当初若造が世の中に物申してやろうなんて馬鹿なことを考えたばっかりに始めたブログでありまして、すべてを否定されながらも納得してしまった私はキリストさんはやはり言うことが違うなぁなんて思った次第であります。

とにかく興味を持ったことにいろいろ書いていくブログであっても、政治にもの申しても、他人のお金でおっぱいを触りに行ったことを報告しても、私のブログの題名の「ひとこと書いてもいいですか」なんて実に便利な題名にしたため特に気にすることではないのかと思います。

そもそも日々の更新とは非常に難しいものでまたいつ飽きるかわからいのでひとことでも書いていけたらななんでおもっています。


ではまた会う日まで

性格を変える


どうもお久しぶりです。



人というのは十人十色というぐらいですから性格は様々なものです。


本日友人が仲間たちの輪に入れないと悩んでいました。彼女の性格は自分で言うには考えすぎてしまう性格のようです。確かにすでに出来上がっているコミュニティに入っていくのは誰だって気がめいるものです。

彼女は海外に一年間留学をしていました。そこで、日本に帰ってくると一年下の学年の人と同期になります。そこで少しがんばって仲良くしようと、というか仲良くしてもらおうとしたらしいのですが時々感じてしまうカベのようなものが非常に大きく感じてしまい、そんなカベを感じるぐらいならわざわざ仲良くしなくてもいいのではないかという結論に達したようです。

しかし、そんな風に思ってしまうと逆に自分の首を絞めてしまうもので、孤独感を感じずにはいられずに、もうこの場所から逃げたいを思ってしまうようになってしまったようです。



正直申しまして、私の意見として見れば大体の友達関係と言うのは、うわべだけの付き合いです。本当に何でも話せる友達というのはごく一部しかいません。そんなことは誰でもわかっていることだとは思うのですが、うわべの付き合いがうまくできない人というのは、はたから見ていても少し心地いいものではありません。だからと言って私が助け舟を出せるわけありません。私だってうわべだけの付き合いですから…。

なんかこんなことを書いていると自分の性格もひん曲がってきそうというか、もうかなり曲がっているのかもしれないと思うのですが…。


いつもどおり支離滅裂になりますが、やっぱり気心知れた人と飲むのが一番楽しいですよね。

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

お肉とファミリーブック



最近気づいたことですが、私着々と太っています。体重変動の少ない私だったのですが、本日久しぶりに体重計に乗ってみると2kg太っていることがわかりました。

さすがにおなかが少しずつぽっこりしてきたことと、たまには流行りのランニングというものをしてみようと思い、借りていたレンタルビデオを返そうと最寄りのファミリーブックまで走って行くことにしてみました。

普段車やバイクに乗っている私。その道のりはガソリンというものを使えば片道15分から20分程度。そう考えるとなんでもないような距離に感じ大見得をきって“へっちゃらだ”なんて家を出ました。

しかし、よくよく考えてみると時速20㎞で計算しても20分だと、20×0.3=6ということで6㎞。つまり往復で12㎞もあるではないか。途中何度もくじけそうになりながらも1時間半ほどかけて無事帰宅した私はもう限界でした。そもそも12㎞なんて高校時代のマラソン大会よりも多いもんね。

せっかく走ってみたんだから翌日も走ろうと思い、筋肉痛の太ももと共にまた外に出ました。500mも進むと右足の踝付近に違和感が…。瞬く間に激痛に変わり、もう走れないどころか普通に歩くこともできない状態に、かといって家を出て10分では帰れないので近所を徘徊。不審者に思われかねないので車が来るとランニングのふりをしながら20分程度ふらふらした後に帰宅。もう足は悲鳴を上げるどころではなく、崩壊。翌日になっても犬の散歩すら行くことはできない始末になってしまいました。

やっぱりなれないことはするもんじゃないね。

なんて実のない日記なんだろう
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

クロサギとサブプライム

先日「クロサギ」という漫画の中に「儲かりますよ。」と言われたら、「その分誰が損をするんですか。」と聞かなければみたいなことを聞かなくてはならないというのが書いてあったと思う。いつもその本を見ながら書いている訳ではないので1字1句合っている自信はないのでご了承いただきたい。

確かに世の中に回っているお金というものは、限られているし、木にお金が成るわけではないので間違いない考え方である。そこで今回の大不況について考えてみた。みんなが損している訳だから誰かが得をしているのではないかと。

この金融危機の発端は間違いなくサブプライムローン問題であろう。つまり、低所得者に貸したお金が回収できないという問題から始まったことは皆様も知っている通りだと思う。
そこでこのリーマンさんと負債者の関係を考えてみた。

まずはリーマンブラザーズさんがお金を持っている以上に貸してしまった訳だが、まずはリーマンさんが儲け話を見つけたということになる。

みんなお金が借りたいからなんだかんだいって返すだろう。

みたいな話だ。ここでもうけたのはリーマンさん、損しているのは多く利息を払うはずの負債者だ。リーマンさんは債券をいろんな人に小分けにして売ったり、何なりでさらにお金をもうけた。そして、また貸す。馬鹿を見た低所得者の人たちはどんどん搾取されていくわけだ。

けど、そんなに貸してもみんな返せるわけないし、返せないものは不良債権になる。別に逃げたわけじゃないけど、

返せないから逃げちゃえ!

みたいなことだよね、これって。だから、よく考えてみれば一時いい思いをした債務者がいい思いをしたんじゃない?ないはずのお金でいい思いをしたんだから。それで損をしたのがリーマンさんだね。

ここでリーマンさんが損をしちゃったことが世界につながっているって考えると、全部は債務者のせいだってなるのかな。最初においしい思いしたリーマンさんが悪いっていうのもあるけどね。


私、経済を全く学んでいないので正しいかどうかは疑問です。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : 今日のつぶやき - ジャンル : ブログ

今日は

今日は眠いので寝ます。

それにしてもひろやの飯は私にはすこし多いです。

にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : 日記 - ジャンル : 日記

WBC

王監督が総理官邸に招かれて野球特別大使に任命されましたね。サッカーのチャンピオンズリーグよりもWBCに日本が沸いている中での総理も考えましたね。

それにしてもイチローが全然打てないのが少し残念です。彼自身も毎年こんな感じなのでそんなには気にしていないようですが、WBCまでにはもう少し調子を上げて欲しいものです。

昨年、監督問題で揺れましたが未だに納得いっていない、どうも僕です。

イメージとしては若大将といった感じですかね。アンチ巨人の私からすれば彼がいい監督なのかどうか疑問です。実際はどうかわかりませんが、端から見た様子では、とりあえず笑顔で選手を信じればどうにかなるさといった雰囲気があり、智将とかいった感じは全くありません。

もう少し自分の意思を強く示すことのできる監督の方がよかったのではと思います。

それに続いて打順も全くよくわかりません。彼は三分割とかつなぐ野球とか言っていますが、やはり野球は1番が出塁して、2番が送り3番4番で返す。それが正しい形です。イチローの3番は納得がいくものの4番稲葉って…。なんとも花のない4番打者ですね。

その中で注目していただきたかったのが、次世代の4番として召集されていた栗原。日本代表というものが注目されてから、4番に座っていて印象に残っているのは、金本、新井。共に広島東洋カープ出身です。そして、次回注目されるであろう栗原もカープです。どうせまた阪神に行ってしまうのでしょうか。


思いのままに書いた結果またこれだ。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : 今日のつぶやき - ジャンル : ブログ

ゴルフ

友よ

今日は凍えるような寒さでした。こんなに寒いとそとには出たくないものですね。それにしてもアリゾナでサボテンと共にゴルフをしている石川遼君はこんなにあったかそうでうらやましいです。

昔から言われていることですが、ゴルフというのは性格が表れるスポーツだそうです。確かに私が見ていても、一緒にラウンドすれば大体その人がどんな人間なのかわかります。しかし、性格が一番わかりやすいのは110程度のスコアで回っているゴルファーの方です。自分の思い通りにいかないためか、性格が出やすいのでしょうか。上手になっていくにつれて自分の本性を出さなくなっていくのがわかると共に周りが見えてくるので、わかりづらくなっていくような気がします。

私の例でいうと、調子が悪いと投げ出してしまう傾向があります。そうして楽天的にプレーすることによって、あまりキレないようにします。昔はよくキレてしまって、全くゴルフが楽しめませんでした。


私が尊敬というか、すごいと思っている人の中に桑田真澄さんがいます。彼の精神は見習うものばかりです。そんな彼のブログは「友へ」という書き出しで始まります。よかったら見てみてください。
http://sports.nifty.com/kuwata-masumi/


桑田さんにはなれません。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : 今日のつぶやき - ジャンル : ブログ

世界中でエコと叫ぶ

世界中でエコが叫ばれています。もうこの言葉は目新しい言葉ではありません。コンビニのレジ袋に始まり、電化製品から車まで世の中はエコと名前の付いたものにあふれています。果たしてどの程度エコなのでしょうか。今更ながらですが。

今回は二つのエコについて考えてみようと思います。

まずはエコバックです。これは皆様も知っての通りレジでもらう袋を削減するために、各個人がエコバックなる小さく収納できる袋を持っていてレジ袋の代わりに使用するというものです。これは袋の削減によりゴミを減らすということ、石油資源の節約が主な役割のように思えます。

しかし、レジ袋というのは今、リサイクルされているものが多いようです。さらには、もし石油を使っているといってもほぼ微量とのこと。この微量の石油とかわいいエコバックどちらの方が石油資源を使っているのか甚だ疑問です。さらに言わせてもらえば実際にエコバックを使っている人を見たことがない現状の中でどれほどのエコバックが無駄に作られているのでしょうか。むしろ、そのエコバック戦略でどれだけのお金をもうけたんですか。


次にエコツアーというものです。昨年屋久島に旅行に行った際、やたらエコツアーというものが目に付きました。これは一日のツアーで約1万円~2万円であり、山の中でたき火などをしてサバイバル教室みたいなものとか、鑑賞ツアーといったものなのですがどの辺がエコなのか全く意味がわかりませんでした。どうやら、ゴミをあまり出さないツアーみたいなことでエコと言いたいみたいですが。そんなこと、普通に山登りをしていればみんなエコではないのですか。


そこで、エコの定義を調べていると、こんな感じの言葉が出てきました。


環境や自然との共生をはかる社会運動や、環境に配慮する行為などを象徴する意味でも使われる。環境問題に関心のある人々を対象に、「エコロジー」「エコ」などの言葉を使ったキャッチコピーや商標も多数登場している。(http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=213



要するに環境に配慮すれば、なんでもエコってことになりますね。配慮っていうことは実際に効果が出なくても確かに何も言われることはないでしょう。そんなことでは、たとえばゴミを森の中に捨てるのではなく、町に捨てればエコっていうことにもなりますよね。「私は自然に配慮して森の中ではゴミを捨てないことにしています。」といった感じで。要するにエコなんて言葉は商業戦略であるとか政府の広報活動的な意味しか持たない言葉なんじゃないですか。

やりたい放題だ。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

テーマ : つぶやき - ジャンル : ブログ

合コン

特に合コンというものをしたわけではありません。

ちょっと気になったのが合コンという名前についてです。

「合コンとは何の略?」

と聞かれれば我々は間違いなく、

「そんなの合同コンパの略だよ。」

と答えるでしょう。こんなことは常識中の常識。わかりきっていることですが、それでは”合コン”の”コン”の部分は何の略なのか。そもそも”コン”という言葉に何かしら意味があるのか。私にその部分はわかりません。そこで検索すると一発で判明しました。


語源由来辞典より
http://gogen-allguide.com/ko/konpa.html

コンパとは、「仲間」を意味するドイツ語「Kompanie」、もしくは「会社、会合、交際、交友」を意味する「company」に由来し、明治時代に学生の隠語として使われ始めた。
はじめは「コンパニー」と呼ばれていたが、のちに略され「コンパ」となった。


なるほど。つまり、

「合コンは何の略?」

と聞かれたら、

「合同コンパニーの略だよ。」

と答えるのが正しいわけですね。さらに講釈好きの人は

「このコンパニーっていうのは、、「仲間」を意味するドイツ語「Kompanie」、もしくは「会社、会合、交際、交友」を意味する「company」に由来してて、明治時代に学生の隠語として使われ始めたんだ。」

と答えればまさにキャバクラや合コンでモテモテかも知れません。まぁそんな合コンマニアのような人は嫌われる可能性も無きにしもあらずですが…。


私個人的な考えでありますが、この”コン”の部分は”コンペティション”ではないかと勝手に思いました。というか、“コン”で始まる言葉がこの言葉以外にはでてこなかったわけですが。
しかし、“コンペティション”といわれても“合コン”という場所はある種競争の場であって、そこでは男同士、女同士の熾烈な争いが繰り広げられてると言っても過言ではないのでしょうか。つまり、男性側と女性側の“コンペティション”が同時に行われているということなんですね。この説は仮説に終わってしまったので気にしないでください。

私の中で合コンはお金のかからないキャバクラだと思っています。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

エイズ感染者、史上最多1113人

厚生労働省のエイズ動向委員会は18日、昨年中にエイズウイルスに感染した人は1113人、エイズを発症した患者は432人で、ともに過去最多だったと発表した。(読売)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090218-OYT1T00791.htm?from=navr


このエイズというもの私たちにはもはや今は身近なものであります。実際に私がHIV感染者の方を見たことはありませんが、小学生のころから知識としては詰め込まれています。

その中で、少し気になったのが、

感染経路は、同性間の性的接触が964人だったほか、異性間の性的接触が365人。全体の約82%(1273人)が国内感染と推定された。

という文が今回の記事の中にあるものの、同性間の性的接触によるものが圧倒的に多いことがうかがえます。確かに私の中ではエイズというと、アフリカの方とゲイの方に多いという認識があります。それにしてもなぜ同性間の方が多いのでしょうか。

ちょっと調べてみると、同性間といっても女性間の性的接触ではあまりエイズにはならないようで、この同性間というのは主に男性間というのを示すようです。男性間の場合主に肛門を使用します。その時肛門というものはそういった用途のためにあるものではないので、皮膚が薄かったりして切れやすいようです。その血液によって感染しやすいとのこと。つまり、異性間と同様にコンドームを使用すればリスクは少ないそうです。

確かに考えてみると、妊娠の可能性もないのにコンドームを使用するのは、あまり考えられませんん。さらにみんながみんなコンドームを使用しなければエイズになるリスクというものは同性間であろうと異性間であろうと同じようなものらしいです。つまり、妊娠というリスクを伴っているからこそ、エイズの脅威も回避されているわけなんですね。


結論としては「皆さんいついかなる時でも、コンドームを着けましょう」ということになりますね。


以後気を付けます。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

橋本知事の赤字脱却政策

ちょっと昨日の夜気になる記事があったのでもうひとつ。

橋下知事が強調「大阪府は非常に筋肉質になってきた」
11年ぶりに黒字となった大阪府の平成21年度予算案。大幅な府税収入の落ち込みにもかかわらず、赤字予算を脱却できたことについて橋下徹知事は17日の会見で「大阪府は非常に筋肉質になってきた」と強調した。しかし、28年度までに1兆1000億円の収支改善が必要との財政見通しに加え、医療費や私学助成など、厳しい府民サービスのカットのうえに成り立っている「黒字」には疑問の声も上がっている。(産経)

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090217/plc0902172328023-n1.htm


確かに橋本知事は有言実行ということですごいと思う。しかし、私が気になったのは府民サービスのカットといったことに何するものだ。特に私学助成の削減については少し気になったことがある。

特に首都圏や主要都市近辺では公立の高校よりも私立の高校の方がレベルが高いといった傾向がみられる。この中で私学助成を削減した場合、私学の授業料が高くなるのはわかりきったことであろうし、実際そういったことが書かれている記事もあった。そうした場合、高等な教育を受けたいものも希望の学校に行くことはできずに金銭的な事情によって公立を選ばなくてはならないということも考えられる。

特に公立の高校があまり良くないというのではなく、こういうことによって希望の進路を選ぶことができない人もいるということ、そして優秀な人材を育成するという幅が狭まってしまうのではないのかということを問いたい。

切っていい予算と切ってはいけない予算その線引きがよくわからないが、教育や医療というのはどちらかといえば切ってはいけない分野であるだろう。そういったものを感じさせずにできる政治家でなくては意味がないのではないか。

余談ではあるが民主党の展望のなかにも教育費用、研究費用の削減というものがある。そういったものも含めて民主党がどうなのか考えてほしい。

にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

中川財務相辞表提出

昨日本当は中川氏について書こうと思っていた。しかし30分ほど時間を費やして書いた記事が消えてしまったのであきらめた結果書いたのが村上春樹氏に関する記事である。そこで今日はついに辞表を提出したということで中川氏について書こうと思う。


2009年2月17日昼、09年度予算案と予算関連法案の衆院通過後に辞表を提出する、と表明していた中川昭一財務相兼金融担当相は同日夜、一転して首相官邸に麻生太郎首相を訪ね、辞表を提出した。首相は辞表を受理したという。(J―CAST)


初めてあの記者会見を見た時には脳に異常があるのではないかと思った。彼の様子がかつての小渕元首相と重なったのである。しかしその後の報道で酩酊状態と言われればそう見えなくもなく、実際彼も大きく否定しないところがミソであろう。確かに弁解の仕様がないくらいひどい会見だった。

昨日のニュースで木村太郎氏も言っていたがあの会見には大きな意味があった。それはあの会議ではほぼ形式ばったことしか討論されないわけであり、それよりもこの経済危機の中で各国がどのような方針で進めていくかということを発信するという重要なことである。いつもアメリカの肩を持つわけではないが、ニュースの中で流れたアメリカのガイトナー財務長官は明確にこれからの方針とこの経済危機に対するアメリカの見方を示していたように思える。そこで、各国に記者に対して醜態をさらしてしまった彼の責任は重い…。

しかし、この失敗したら辞めればいいというようなこの体質はどうにかならないのか。はっきり言って死刑制度と何ら変わりがない。というか、はじめから何もやらかさなければよいのだが。

私は人間をやめたくはありません。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ人気ブログランキングへ


小沢代表、クリントン米国務長官と会談へ

どうやら他国から見ても自民党政権の寿命は短く見えるようですね。こんなことを大胆にやる米新政権はすごいと思います。これを知った自民党幹部の方々の意見を聞いてみたいものです。たぶん今日中にはわかると思いますが。


私の個人的な意見でいえば、小沢代表はあまり好きではありません。そして、民主党が与党になるということを支持していません。理由をいうなれば、私の視線から見て彼は政治家らしい政治家であり、見た感じ金と権力の亡者のように見えるからです。彼について特によく知っているわけでもなく、明確によくない点を指摘できるわけでもないですがこんなことを言って申し訳ありません。しかし、大体の国民はそういった個人的な先入観と印象から政治家を選ぶと思うのでこれも1つの意見としていいと思います。


ところで今回の話は衆議院選にそれなりにつながりがあったのではないかと思いますが、選挙ということで私は是非大統領制にするなり何なりして国のリーダーを国民投票で選ぶ形にしてほしいですね。そうすれば、ついていきたいと思える人を直接選ぶことができるので、支持率が政権創立時からこんなに低くなることはなくもっと国全体がまとまることができるでしょうね。さらには、再三このブログで述べられているカリスマというのが出てきやすい環境であると思います。

ここで例としてあげられるのがオバマ大統領です。またオバマ氏ですね。

オバマ氏が初めて連邦上院議員になったのが2004年11月。つまり大統領になるまでに日本でいう国会議員でいた期間はほぼ4年間しかないわけですね。まるでこの間やっていた「Change」の木村拓哉のようです。まぁキムタクは公務員をしていたのに対して、オバマ氏はそれまで8年間州議会議員でしたがね。それにしても彼が大統領選への立候補を宣言したのが2007年2月なわけですから、そんな3年目の国会議員が自民党総裁に立候補することはまずあり得ません。

大統領制だからとか国民総選挙だからというわけではなく、国民性や政界の構造などもあると思いますが1つの要因としては考えられないことではないと思います。


たまには少し真面目なニュースの話題を取り上げなければと思い書いてみた。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ人気ブログランキングへ

100種類のボールペン

先日コストコに行ってきました。

コストコとは会員制の倉庫型テンポで確かに倉庫のような中に大量のものが並んでいるアメリカ的なお店です。

詳しくはこちらから↓
http://www.costco.co.jp/

とりあえず物が多いのと消耗品に関しては売り方がとにかくまとめ買い的な感じなのが印象的なのですが、そこで一番印象に残ったものが100色セットのボールペンです。

Osentaku_gelwriter100


1カ月ぐらい前の話なんですが写真をやっている方々との話を思い出しました。

私は物心ついた時からあまり絵心がなく、色鉛筆等には全く無頓着でした。しかし、写真をやっている方々というのはそういった芸術的なものに対して昔から興味があったのか50色とかある色鉛筆はまさしく夢の商品で小さい頃にそんなどこで使うのかわからない色が入った色鉛筆セットをもった人がいようならば、羨望のまなざしで見ていたようです。私から見れば無駄の何程でもないと思いますが、そういった芸術的なセンスのある人がうらやましくてしょうがありません。


形から入ればセンスが身につのか。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ人気ブログランキングへ

Goolgeを使いこなせる人間になりたい

私検索サイトはYahoo!を主に使っていました。


かれこれ小学生の時にパソコンを与えられてから早10数年たちますが、ここ最近までずっとYahoo!こそ検索サイトの主流だと思っていました。

しかし、先日友人にYahoo!は素人でGoogleは玄人って感じだよねっていわれた。結構ミエを張りたがる私はGoogleというものをわたしのスタンダードにすると決意したのですが、正直機能が多すぎてわかりづらいです…。

そういえば会社説明会のときにGoolgeは遊び心と実用性を両方兼ね備えていると言っていましたがそれを使いこなすための情報がきわめて少ないです…。


どなたか何かいい方法(サイトや本など)を知りませんか?

にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ人気ブログランキングへ

世界初 同性愛公表の首相誕生

世界的金融危機で政権が崩壊したアイスランドで1日、ヨハンナ・シグルザルドッティル氏が新首相に就任した。氏は同国で初の女性首相になるとともに、同性愛者であることを公表している世界初の首相となる。(ココログニュースより)

正直、なぜが最近こういった人々のニュースに目が行ってしまう。
どうも僕です。


それはそうとして同性愛者にしろ、性同一性障害的なものにしろ、様々な呼び名がある。
・おかま
・ホモ
・バイセクシャル
・ゲイ
・ニューハーフ
この辺は今主流の表現であろう。
それに比べて、
・Mr.レディ
・シスターボーイ
・ブルーボーイ
というのはもはや死語である。
アメリカの方では、
・シーメール(She-male)
・トラニー(Trannie)
というらしい。

こうやってちょっと挙げてみるだけでこんなにたくさんあるものの、やはりこれらの表現は偏見的なものをなくすために発展してきたのであろう。
しかし、こういった人々は人の本来のあり方に反する、ある種宗教的にいえば神の意向に反するわけであり、偏見が生まれるのは必然的なものであるような気がする。
そもそも神様が大好きな欧米の方々はそこも神のいたずらのようなものにして悲劇のヒロインのようになってしまうのでしょうが…。


特に何が言いたいわけでもありませんが、
ゲイはゲイ達者と言っていた。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ


ドラゴンボール

予告が公開されていますね。
確かに見た感じとっても新しいドラゴンボールみたいです。

予告はこちらから↓
http://movies.foxjapan.com/dragonball/



確かに作れば大儲けは間違いないと思いますが…。
非難を浴びるのは間違いなさそうですね。


にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

浜田ブリトニー

間違いなく今一番気になる人である。



本日は堂本兄弟に出演していた。彼女はビックコミックスピリッツに「パギャル」という漫画を連載しているが、正直言って結構昔からスピリッツを愛読している私は連載が開始した時、なんてつまらない漫画かと思った。

実際にマンガの漫画の内容どうのよりもテレビで見るなり、ネットで調べるなり彼女について知っていくと面白さは格段に変わったように感じる。

公式ブログ↓
http://www.hamadabritney.com/

そしてあの藤子・A・不二雄氏やちばてつや氏などが高く評価しているらしい。確かに絵は最近の漫画とは一味違った昔の匂いがしないでもない。

何よりもほかの漫画に比べて休みが少ないのがすごい。
にほんブログ村 その他日記ブログへにほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ

高橋ジョージ

どうもお久しぶりです。

本日友人と飲んでいて更新しようと思ったので更新します。



高橋ジョージという人が今一番気になります。

あの男16歳の女と30か40歳ぐらいのときに結婚したロッカーですが、皆様彼に対してどのような意見をお持ちでしょうか?


日々情報番組などで社会問題について大きく物申している彼ですが私は何故彼にそんなことを言われなければないのかと思うのです。

正直言って彼が社会的にこうけんしたわけでもなく、音楽という俗世間と離れたものにひとつ秀でているだけで特に尊敬の値もしない人になぜそんなにえらそうにいわれなければならないのか甚だ疑問である。
むしろ彼は16歳の小娘を結婚までこじつけるような人物である。

皆様の意見を伺いたいものである。


そんな私もある種何をえらそうなことを言っているのか?
ブログランキング・にほんブログ村へ

車内モラル

先日見たコラムに電車内でムカつくことといったようなものがあり、この中で、さまざまな意見があった。ひとつ印象に残ったのが女性の意見でおじさんが横に座った時点で不快な気分になるというものである。

電車内のモラルについては私も少し思うことがある。

まず、ひとつは電車内の飲酒だ。確かに疲れきってかえっている途中でお酒を飲みたくなるというのは非常にわかる。しかし、お酒を飲むと人というものは多少なりとも気が多くなってしまうもので他人に迷惑をかけてしまう場合がある。よく見る酔っぱらいの例として、靴を脱いで寝ている方だ。匂いに耐え切れず、席を移ろうと思ったことが多々ある。一日がんばったあげく、さらにお酒を飲んだ後の足というものは耐えきれないものがある。

次に荷物だ。私、新幹線にほぼ毎日乗っているが自由席において、座席に荷物を置いてはならないと思う。車内アナウンスでも再三おかないように言っているのに置いている人々に気がしれない。大きい荷物用の荷物置き場もデッキにあるのでそちらに置いていただくか、座席の上の荷物置き場に置かなくてはならないと思う。

はっきりいって挙げていけばきりがないがこれぐらいにしておきたい。

確かに言えることは、電車は公共の交通機関であり、車内は公共の場であるので人にある種気を使わなければならないだろう。



気が付いたら一週間も空いてしまった。
ブログランキング・にほんブログ村へ

サイボーグ技術と生命倫理~人体移植~

私たちの間で、もはや脳死判定を受けた人の臓器を移植するというのは周知のことではある。それとは別に腕を失くした人に他人の腕を移植するということが実際に行われていることを知っているのは何人いるであろうか。

われわれが腕を失った場合今現在とることのできる道は3つある。
? そのまま過ごす。
これが一番多い選択かもしれない。
? 義手をつける。
昔で言うと木の義手であるが、現在は科学技術も進化しているため、ロボット義手をつけることもできる。この義手においては筋電というものを使用し、体内に何も入れることなく筋肉の動きや外側から電気信号を読み取り、腕を動かすことができる。
人の動きをすべてできるわけではないが、さまざまな動きをすることができる。
? 他人の腕をつける。
これはブラックジャックやスーパードクターKといった漫画のようにまず骨をつけ、次に神経、筋肉、皮といったように内側から一つずつつけることによって他人の腕をつけることである。丁寧につけたからと言って自分の腕のように動くわけではない。

今回の焦点は?である。これはアメリカやヨーロッパなどでは実際試験的に行われている。むしろ私が知らないだけで日本でも行われているかもしれない。
実際にこの技術によって腕を手に入れた人は子供を抱くことができたとうれしい意見もあるようだが、亡くなった人の腕をつけていると握手を避けられるようになったという悲しい例もある。正直私としても実際無くなった人のものが冷凍されて送られてくる映像を見ただけに少々気持ち悪いような気がした。

前回と同様に私はこの短い文章の中でこの技術がいけないと言っているわけではない。
ただ読んだあなたがどのように思うか考えてほしいだけなのだ。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

元事務次官襲撃事件犯人出頭

昨日私がブログを書いた直後に犯人を名乗る者が出頭した。正直言ってこんな結末になるとは思わなかった。

彼が言っている動機というものがまず興味深い。幼少期に飼っていた犬が保健所によって殺されたという。その管轄が厚生省であり、そのトップが悪いのであるから今回殺したという。一般市民の私からしてみれば、わざわざそのためだけにこれだけの用意をしてまでペットの犬のために殺したというのだから賞賛に値する。そして彼の顔を見る限り悪びれた様子もない。


このような人々というのは少し他人を殺すということに対する認識が浅いのかもしれない。この認識の甘さはどこから来るのであろうか。

よく言われるのがテレビゲームによる弊害である。テレビゲームでは自分たちの手でテレビの中の人物や怪物を気軽に殺すことができる。さらには自分自身がもし死んでしまっても一つボタンの押すことにより、すぐにもう一度やり直すことができるという。そういった幼少時代を過ごすことにより人を殺すことに対する認識を誤ってしまうという。

しかし、私の意見ではそれ以外にテレビドラマや小説による弊害も少しはあるのではないかと思う。テレビドラマや映画、小説において大半の物語で人が死ぬ。つまりゲームのような空想の怪物やありえない超能力者のようなものではなく、まさしく人間が殺されるのである。こういった状況では常に人の死を見る毎日を送っているわけであり、自分の手で行うのではないにしても毎日見ていればテレビなどの娯楽がなかった時代と比べれば何か障害が出てきてもおかしくはないのではないか。

つまり、私が言いたいのはマスコミが何か彼らは狂っているとか通常の神経の持ち主ではないといったような報道を行うがそれはあなた方にもある種原因があるのではと言いたい。


私はテレビっ子ですが。
ブログランキング・にほんブログ村へ

元事務次官殺害事件

連日殺人事件のニュースでにぎわっている。このニュース自体年金関連の絡みがあるのではないかと打診されており、年金問題に注目が集まる昨今マスコミも話を膨らましやすいようだ。

そもそも殺人事件というもの。これはほぼ毎日のように起こる事件である。そして、私たち人間には生まれて物心がついてから誰に教わるでもなく不変のルールがある。それは、

人は人の命を奪ってはならない

というものである。

そもそも、この生を奪うという行為はいつ頃から決してやってはならないことになったのであろうか。もしわれわれの祖先が低能なサルであったのならばちょっとした喧嘩の末に生を奪うことがあっても動かなくなったぐらいしか思わなかったかもしれない。そこになんの罪悪感も持たないであろう。

私の見解としては、この人を殺すという行為が一種の悪であると考え出したのは、人が宗教というものを考え出してからだろうと考える。その理由は宗教において行き着く先は死後であるからだと考えられるからである。たとえばキリスト教の場合は天国に行くことだろうし、仏教の場合は生まれ変わることであろう。つまり、死後もいい思いをしたいがために善行を行うのである。これは日々の御祈りがそうであったり、他人を助けることがそうであったりそれは各宗教によって変わってくると思う。要するにこのような各宗教のおきてによって人を殺した場合地獄に落ちるとか輪廻転生することができないとかいったわけであろう。そして、人を殺してはならないと普及したのではないか。

まぁありえないし、宗教ができる前から絶対に人を殺してはならないとすべての人が思っていたから各宗教においてこのルールが出来上がったとしか考えられないが。

これはただ単に私一人の見解であって別に人の生を奪ってもいいと言っているわけではないので勘弁していただきたい。


私は無宗教です。

上下関係

「上下関係」とは、地位・身分・年齢などの上位と下位の関係である。つまりそこには何かしら上位と下位に識別するものがあり、大体の社会においてはそれが存在する。

近頃の若者は上下関係ができていないとか、上下関係が面倒だとか言ったことをよく聞く。私個人としてみればこの上下関係というものは正直嫌いではない。その理由はこの上下関係といった間柄を作ることによってその人とのある程度のスタンスを自分で作り出すことができるからである。そう考えると、人とある程度のスタンスを保つことができない人ほどこの上下関係というものが苦手なのかもしれない。

たとえばこの地位・身分・年齢などが上位に当たる人には基本的に常に相手を敬う。これは相手を敬うことにより、質問などすることをしやすくする。ここで難しいのは、社会的地位は高いが年齢が下という場合であろう。この場合よくタメ語でいいよとか、気を使わなくていいよとか言われるがはっきりいってそういった申し出にはすべてお断りすることに決めている。社会的地位が高い場合には、その社会で暮らしていくうえで上位に値する人には質問する機会が増える。そういったときに教わる姿勢というものがないと次に聞きづらくなったり、はっきりいってこっち側が不快感を持つ場合が出てきてしまうからである。

大体この「上下関係」に不満を述べるのは下の立場の人なので、下位に当たる人に対する対応は特に述べないでおく。

しかし、上に立つ人にもこの上下関係ができていなければこの私の目指すスタンスというものを保つことは正直言って難しい。要するにみんながみんなを敬って生活すればよりやりやすい「上下関係」が確立されるのではないか。


私、常に人から見下されて生きています。


知らないことは恥ずべきことではない

一人の人間として世の中にあるすべてのことを知ることなど不可能に等しい。一つの事柄であっても完璧に知ることでさえ不可能であろう。


よく思うのが質問するのが面倒臭いとか、恥ずかしいとかいうのはなんて効率の悪い人なんだろうかと思う。正直言って本やインターネットで調べると人に聞く時の倍というか何十倍も時間がかかるものである。確かに本は一つの事柄を知る上でそこに関連する様々情報が書かれている場合が多く、知識を深めるのには良い。しかし、時間が多くかかってしまいやはり人に聞いた方が早いだろう。
人に聞いた場合は何よりわかりやすく聞き手が理解してくれるように話してくれるのである。この点が非常に重要であり、よく本を読んだり、インターネットで調べていると何を言っているのかわからないことが多々ある。

つまり、人に聞くことは恥ずべきことではなく。そこでは多少のプライドは捨ててでもどんな些細なことでも多くのことを聞くべきであろうとうことである。


余談であるが、知人が本当に無知だった人がある特定の事柄を理解してから本を書けばその本は非常にわかりやすい本になるのではないかと話していた。
しかし、この場合やはりこの著者が本を書くことができるほど内容を理解し終わった時点ではその本人はある種のエキスパートになっていて、その事柄は著者になる人にとって当然のことになっているだろう。よって本を執筆する時点では、またわかりにくくなってしまうだろう。
つまり、わかりやすい本、特に理工書などないのだと考えられる。

反省はしている。後悔はない。

昨日、友人と飲んでいるとこんな言葉を思い出した。これは、仲間内で一時期非常に流行った言い回しではあるが、この言葉、今聞いてみると非常に奥深く感じる。

当初、この言葉は共通の友人が発した言葉である。少々行き過ぎた楽しみを求めるあまりに相手に少し痛い思いをさせてしまった。私たちの間でやりすぎではないかという話になり、その友人と話をしていたところ彼が冗談交じりでこういったのである。
その後この言葉は私たちの間で流行した。


現在、私にしろ昨日共に飲んでいた友人にしろ回り道をしている。それはかつて学生としての義務を果たさなかったためにその代償を負っているわけだが…。
しかし、どうやらそれを「かっこいい」とか「人生を楽しんでいる」とか思う人もいる。むしろ自分もそんな生き方をしてみたいと勘違いしてしまう。だが、これはただ単に何かを変えたくてしたのではなく、いい仲間がいてそこに何か求めるものがあったからの結果なのである。というか、そうであったと願いたい。さまざまな要因があっての傍から見る「楽しんだ生活」であったのだろう。

つまり、何が言いたかったのか。話はかなり飛躍するが、それは人というものを形成する上ですべてのものは結果でありそこにわざと失敗する道を選ぶべきではないのではないかということである。
そして私においてはあの頃が失敗であったとしても私は十年後、二十年後さらにはおじいさんになってもそう言いたいものである。


なんかよくわからない文章になってしまったことを詫びる。
反省はしている。後悔はない。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。